2020年9月23日 (水)

NOシュヨウ日記 第18回

9月10日
通院2回目

今回は兄は来ていない。何かあるたび勤めを休んでいるので
さぞかし職場で肩身が狭かろう。
私と妻、叔母、父の4人が病院に集まった。
介護タクシーの人はもう到着していた。

和歌山に住むもう一人の叔母が贈ってくれたクッションを
母の尻の下に敷いた(屈強な介護タクシーの人に母をちょっと
持ち上げてもらって敷いたのだ)。
和歌山の叔母も高齢で自身、体調もよくなく、
「自分も行って何か手伝いたいけど、せめてこれを使って」
とTVでCMしている「卵を置いて座っても卵が割れない」
というあのクッションを買って送ってくれたのだ。

毎回来てくれている叔母とてもちろん高齢で、旦那さんも
病気持ちで、人の世話を焼いている場合ではないのだが、
いつも手伝ってくれて本当にありがたい。

前回は「混む火曜日」だったが、今回は木曜なので
採血まではズムーズにいった。
前回苦労した注射針もうまく刺さったようだ。

担当医の診察までの待ち時間、母と話した。
前回と同じ感じで、悪化はしていないが、よくもなっていない。
父は「頑張ってリハビリして立てるようになれよ」
なんて言っているが、それはもう明らかに無理だ。

診察で担当医が系列の病院に異動になるので、今後この病院で
引き続き後任の医者のもとに来るか、異動した病院に来るか
次回までに決めておいて欲しい、と言われる。

我々は若い担当医の手術が下手なせいで、母が突然こうなったと
内心思っているので、病院は変えない方針で一致した。
こんな若造ではなく、もっとベテランの医者だったら・・・と
思わずにいられない。

昼には点滴も終わり、再び介護タクシーを呼んで母を送り出し
今回はなんとか午前中に終了できた。
病院で18,000円、タクシーに20,000円。毎回これだけかかるようだ。

病院近くのレストランで4人で昼食をとって解散した。
異常に待たされた挙句の親子丼は、薄味ですこぶるまずかった。

つづく

2020年9月19日 (土)

キトラ古墳で大コーフン

せっかく関西に越して来たのですが、旅行へ行くほどの
余裕もないので、古墳を見に行きました。
奈良県を走ると、カーナビにはやたらと
「○○天皇陵」「××古墳」の文字が見えます。
中には、周辺に資料館があったりするようです。
今回はそのうちのひとつ「キトラ古墳」へ。

キトラ古墳は天皇陵ほどでかくなく、むしろかなり
小さいほうで、ちょっとしたUFOが着陸したような
サイズ感で、壁画で有名です。
資料館「四神の館」が併設されており、平成28年に
できた建物はキレイで、観覧が無料!駐車場完備!
なのです。周辺も公園のように整地されています。

展示の資料によれば、高松塚古墳で人物像の壁画が
発見されたのち、地元住人から
「そういえば、あそこにも古墳ありまっせ」
とのリークにより、ファイバースコープのカメラを
挿しいれたところ、四方を守る四神である
「玄武」「青龍」「白虎」「朱雀」その他の壁画が
あってびっくり、ということらしいです。

資料館では壁画の実物は常設展示されていませんが
ときどき、人数制限ありで壁画の一部の現物が公開
されるらしく、入口で予告チラシをもらいました。
Kitora14

こちらは今年1月の予告で「玄武」である、かめさんと
蛇がにらめっこしている図です。かめさんは
「何、ひとの体に巻きついとんねん」
という顔をしていますね。
かめの顔がこんなに真後ろに向くかどうかは疑問ですが。

古墳時代にこんな中国由来の絵を、かなりのテクニックで
もって描けるなんて、なかなかすごいっすね。
渡来人が描いたんじゃね、という説もあるそうです。
古墳の壁画というと虎塚古墳の、丸とか三角の幾何学模様
みたいなプリミティブなものをイメージしていたので
精緻な壁画に驚いた次第です。

2020年9月15日 (火)

NOシュヨウ日記 第17回

8月25日
通院

朝8時半に父、兄、叔母、私と妻が大阪の病院に集まった。
施設を出た介護タクシーは約1時間かかって予定時刻に着いた。
介護タクシーの運転手は前回もそうだったが、今回の人も
腕がたくましく、ガッチリ体型だ。
兄が往復運賃2万円を払う。高い気もするが、距離もあるし
高速にも乗っていようから、こんなもんか。

診察券を機械に入れて受付票を出すと、今日の日程がプリント
されている。
まず採血に行く。番号票をとり、順番が来ると採血ブースに行く。

母は血管が相当細いらしく、看護師さんはどこに注射針を
刺そうかと、四苦八苦している。
やがて「採血のプロフェッショナル」らしき年配の先生が現れ
ようやく注射針が刺さる。毎回こうなるのか?

採った血の検査結果を見て、診察室で担当医がいろいろと
教えてくれる・・・はずが担当医は急なオペで来れず。
代わりの先生が来て話を聞けたのは採血の2時間後だった。

まあしかしその間、車椅子に乗った母としばらく話ができた。
声は弱々しく、ときどきとんちんかんなのは仕方がないが、
今日はいつもより会話が成立しており、みんな
「今日は割りと調子がいいね」と言っていた。

血液検査の結果は問題なく、処方箋をもらい、次は点滴だが、
ここでも長時間、待たされた。
まず点滴の薬剤ができるのに1時間かかるという。
車椅子の母は尻が痛いと言い出した。
そりゃあそうだ。朝の7時半から正午ごろまで同じ車椅子に
乗りっぱなしだ。ふかふかの座り心地でもあるまい。

点滴はまだだが、寝かせてもらうようにお願いした。
その「化学療法室」は、さながら「清潔な野戦病院」という
趣きだった。たくさんあるブースやソファに、
管に繋がれた病人がうじゃうじゃいる。
こりゃあ待たされるはずだわい。
母はそのうちの一つのソファに寝かされていた。

母をそこに置いて、昼食に行くことにした。
看護師さんによると「化学療法室」は火曜・水曜が一番
混むらしい。今日はその火曜日だ。担当医は火曜・木曜に
診察なんだから、空いている木曜にしてくれてもよさそうだ。
患者を曜日で分散させて、混雑を避けようとかないのかね?
担当医の知ったことではないのか?
半沢直樹が来て、この病院を改革してくれんかね。

点滴は2時間かかり(ここでも注射針がなかなか刺せなかった
らしい)、介護タクシーを呼んで、車椅子ごと車に乗って
施設へと送り出した。
夕方の4時になっていた。会計は1万8千円。
点滴とクスリ、効いているのかいないのか。

長い1日だった。

つづく

2020年9月 5日 (土)

NOシュヨウ日記 第16回

8月14日
退院・入居その2

介護タクシーが施設へ到着し、母を施設の職員に引き渡す。
コロナウイルス対策で、一度に部屋に入れるのは2名までだ。
まず、叔母と私の妻だけで、部屋に入って必要なものを整えた。
その間に、兄と私は施設長、ケアプランナー、介護職員とで
ケアプランについて説明を受けた。

介護タクシーがいくらかかったか、という話になったが
兄が2万8千円と答えたら、高いですね、と言っていた。
介護タクシーにもいろいろサイズがあるようで、今回のは
最大級のサイズらしい。軽自動車というのもあるらしい。
そこそこ遠距離だし、高速道路も使った。車も最大級だった
ということを差し引いても、ちょっと高い気がする。
お盆の時期ということもあるのか、病院から紹介された
タクシー会社に断られ、違う会社に一見で頼んだので
足許を見られたのかも知れない。

説明の後、食堂で食事を終えてお茶を飲んでいる母と
面会することができた。
食事も流動食のようなもので、もはや噛んで飲み込むことが
難しくなってきているのだ。
お茶の入ったマグカップを持って、何とか口に運んでいるが
なんとも危なっかしい。

私は母の横にいて、顔を近づけたが反応がない。
兄のほうを見て、私の名を呼んだ。弟はそっちだと言われ
「ああ、こっちか」と言って母は少し笑った。
術後に笑ったのを初めて見た。
母は私を見て
「半袖で寒くないんか?長袖を出しといたやろ。
寒かったら長袖を着ぃや」
などと言っている。家にいるつもりなのだろう。

食事を終え、職員さんは母の車椅子を押して部屋へ
入って行った。母はこちらを振り返ることもなかった。

施設を後にした我々は遅い昼食をとりながら今後の話をした。
次は点滴治療のための通院だ。
朝の8時半に病院にいて、介護タクシーで送り出された母を
病院で待ちうけ、点滴を受けさせ、またタクシーを呼んで
施設へ戻す、という算段だ。
初回なので、私と兄、できれば叔母も付き添うことにした。
兄は一連の作業で、仕事を休みまくっている。
兄は転職したばかりで有給休暇もないだろうから、欠勤に
なっている、即ち給与から欠勤分を引かれているのだろう。
私も「地域社員」になって給与が減っているが、兄よりは
平日に休みをとりやすい私が、通院の付き添いをしたほうが
いいだろう。

どんどん貧しくなり、どんどんプライベートの時間が減る。
老老介護で失職、ノイローゼ、心中なんてニュースが時々
あるけれど、頼りになる兄弟縁者がいなければ、
独りで抱え込んだ末にそうなるのだろう。
高齢化社会は怖い。

つづく

2020年8月26日 (水)

NOシュヨウ日記 第15回

8月14日
退院・入居その1

兄と叔母が母の退院手続きをして、有料老人ホームへの
入居をする日。私と妻は実家に待っているように言われた。
介護タクシーが実家まで来て、いったん車椅子ごと家に上げる、
というのだ。
母も入居前に家に一度入りたいだろう、という兄の考えだ。

私はその案には反対だった。
実家と言っても狭くて古い団地の1階の一室である。
決して「庭付き一戸建てマイホーム」ではない。
そんな家に入りたいだろうか。私は実家に何の愛着もない。

介護タクシーが来た。兄と叔母も同乗している。
でっかいレジアスかハイエースのサイズだ。
車椅子を載せて持ち上げるリフトがついている。
車椅子を下ろしたものの、狭い団地の階段の前で
大人が両端を抱えて上ることができないと分かった。
人間2人と車椅子を同時に通り抜けられないのだ。

腹立たしいのはそこからだ。
近所の婆さん2名が通りかかり、母の変わり果てた姿に驚き
ああだこうだ、と言い始めた。見世物じゃないぞ。
うち1名はすぐ退散したが、もう1名の婆さんはいつまでも
居座っている。

コロナのせいで、殆ど会えず会話もできていないので
この僅かな時間でも貴重なのに、この婆さんはいつまでも
邪魔をしてけつかる。

結局、家に上げるのは断念した。
介護タクシーの人も、無理に持ち上げて何かあった場合の
責任が持てないし、到着時間の制限もあり早く去りたがった。
私もオババの見物から逃れたかった。

介護タクシーに車椅子の母を乗せ、兄と叔母も乗り
施設へ向けて出発した(父は午後、透析のため来れない)。
追いかけて私の車も出た。
運転は妻がしていた。
私は助手席でオババへの怒りでハラワタが煮えくり返った
ままだった。何なんだ、あの無神経な婆さんどもは!
後で格好の井戸端会議のネタになっているに違いない。
明日のあんたらの姿とも知らずにな!

頭をかきむしり、膝をどんどん叩いた。
車内でうなり声を上げた。
運転しながら妻も泣き出した(運転中に危ない)。

「何を急に泣き出しているんだ?」
「だって、お母さん、あんなになって・・・可哀想!」
母の術後の姿を見たのが、妻はこの日が初めてだったからだ。

自分の家が燃えているときに、火事場見物している
野次馬への怒りとは、こんなものかも知れない。
こんな腹立たしい思いをするなら病院から直行で
よかったのだ(それは兄へは言わなかったが)。

もっとオババどもを早く追っ払えば良かった。
兄の案に強行に反対すればよかった。
後から後から怒りが湧いてきて止まらなかった。

オババどもも、母を可哀想に思ったのは妻と同じかも
しれない。でも私は素直に妻のように涙ぐめなかった。
あるのはただ怒りでしかなかった。

つづく

2020年8月22日 (土)

NOシュヨウ日記 第14回

8月10日
備品搬入

兄と叔母、おまけにうちの妻も入れて施設に、備品搬入に
行くことになった。
実家に集合して、まず自宅にある衣類や布団などで
使えそうなものを叔母に選んでもらう。
シャンプーやら洗剤やら消耗品はわたし、
チェストや棚、物干しセットなどハードウエアは兄が
事前に買っておいた。

現地に行く前にドラッグストアに寄り、シモ関係の消耗品を
買うことにするが、種類もいろいろあり全員売場を前にして
当惑してしまう。
若い店員さんを呼ぶも、当然経験もなく参考にならない。

スマホで調べると
1、テープ式おむつ
2、リハビリパンツ
3、パッド

の3種類があり、
1は赤ちゃんのおむつのように寝たままで交換できるもの。
2は紙でできたでかいパンツといった感じで、
立ったり座ったりできる人が主に使うものらしい。
3は1や2にあてがって使うもので、尿などを吸収する
役目のもの・・・らしい。

とりあえず3種類とも1パックずつ買うが、1日でどれだけ
消耗するのか、どれだけ用意していくべきかも分からない。

施設に着くと、コロナ対策で検温、手洗い、うがいなどを
させられる。4人で来たが2名ずつしか部屋に入れない。

あてがわれた部屋に入ると、前回は無かった柵のついた
介護ベッドと、車椅子があった。

まず我々兄弟が入って、物干し台など組み立ての必要なものを
組み立てる。
兄は母の趣味だった詩吟のCDとCDラジカセを設置。

私はいつぞや行った旅行の写真を飾る。写真には
両親、私と妻、兄貴夫婦とその子供が旅館の広間で並んでいる。
兄貴夫婦の息子と娘はすでに社会人と大学生だが、
この頃はまだ小学生くらいか、小さい。
この写真を見て母はどう思うのか、何かを思い出すだろうか。
「○○君は来年中学生か」みたいなことを言うのだどうか。

その後、女性陣と交代して収納をやってもらい、施設を後にする。
さあ、次はいよいよ退院と入居だ。

つづく

2020年8月19日 (水)

ウオノメ日記

1年くらい前から左足の真ん中の指にデキモノができて
歩くと痛いのです。
医者に行ったところ、液体窒素で焼く治療となり、
半年以上通いました。
しかし「また来週来てください」の繰り返しののち、
ようやく「もう大丈夫でしょう」となりました。

しかしじきに再発してしまい、ヤブ医者が信用できず、
別の医者に行ったら、ちょいちょいと削って
ヨクイニンという漢方薬の投薬治療となりました。
対応が違う~。

その後よくなったと思いきや、またまた患部が膨らんできて
痛くなってきました。
引越し後だったので、また別の医者に行きました。
そしてこれまでの経緯を医者に伝えました。

「削ってみれば、ウオノメかウイルス性のイボか分かります」
と言われて、結局
「これはどうやらウオノメですね。
ウイルス性のイボなら、1週間くらいでもとの大きさになるので
その場合は液体窒素治療で毎週通っていただきますし、
長くかかります。
でもこれはおそらくウオノメでしょう。
大きくなるのに1ヶ月くらいかかるはずです。
大きくなったらまた来て下さい。削る治療になります」


ということだった。また対応が違う~!

ベッドにうつぶせになり、若いお姉さんにイボを削られていると
何だかエステに来たみたいです(行ったことはないけど)。
削られると聞いたときは痛そうでしたが、たいして痛くなく
ふくらんでいたものが、平らになっていました。
靴底に当たらないぶん、歩いても痛くなくなりました。

まったくなんでこう、医者によって違うんだろう。
そんな重病でもないのに。

2020年8月15日 (土)

NOシュヨウ日記 第13回

8月6日
備品の買出し

一人でいる父の様子を見るため、実家に行く。
妻が昼食を作って、3人で食べてから、
妻と二人で備品の買出しに行く。

事前にもらっていた「ホームで必要な備品リスト」のうち、
消耗品を中心に100円ショップとホームセンターで
買い物をする。

シャンプー、リンス、ボディーソープ、食器洗剤、
トイレ洗剤は、買い足しできるようにどこでも売っていそうな
有名ブランドのものにして、大容量の詰め替えぶんも購入。

週に2回しかない入浴で、シャンプーを使うとして
果たして「詰め替え」にまで到達できるのか。
むなしく余ってしまうことになるのか。

シモ関係のものは、何をどれだけ買ってよいか分からず、
とりあえず保留。
だいたい1万円くらい購入。

兄のほうでハンガーラックや備品を置くラックや
衣装ケースを購入してくれる手はずになっている。
施設の説明によると、洗濯はやってくれるが、洗濯ものは
部屋干しになるらしい。なのでハンガーラックは、
タンスの代わりではなくて、物干し台なのである。

洗濯して、部屋干し、次の洗濯の日に干されたものを
衣装ケースやクローゼットに収納、新たに洗濯されたものを
部屋干し・・・というサイクルらしい。
自分でたたんでしまえる程度の介護度の人は、
たぶん入居者が自分で収納するんだろうけど。
洗剤は「部屋干しOK」「抗菌」みたいに書いているものにした。

面会ができないから、入居しても生活実態が見えないだろう。
兄はラジカセを持ち込んで、趣味の「詩吟」のCDでも
流そうとか言っていたが、どうなんだろう。
鞭声粛々(べんせいしゅくしゅく)~♪
とか詩吟の流れるなか、母がベッドに一人横たわっている図を
想像すると、なんだか妙な気分だ。

つづく

2020年8月13日 (木)

泣けると評判の『パラ・スター』

『パラ・スター<side百花>』

阿部暁子 著 集英社文庫2020/02刊 お薦め度:★★★★★

百花は車いすメーカーに勤めているエンジニアの卵だ。
その職業に就くきっかけとなったのは、親友の宝良(たから)の
交通事故だった。
テニスに打ち込んでいた宝良は、怪我でテニスができなくなり
自暴自棄になっていた。
そんな彼女を救ったのが車いすテニスであり、百花もまた、
競技用車いすの製作を夢見るのだったが・・・。
0813_20200815001801   

書評家・北上次郎さんが100ページあたりで泣き始め、
最後のページまで泣きながら読んだという本書は
「本の雑誌」上半期ベスト1になりました。

本書にはテニスプレイヤーの宝良を主人公にした
<Side宝良>も刊行されています。

いや~青春ですね。
さすがに北上次郎さんほど、本にのめりこんで読むタイプ
ではないので、泣きはしませんでしたが
たいへん楽しく読めました。
素直で繊細で、それでいて熱いところもある百花と
逆にクールでいながら、血の気の多い宝良という
デコボココンビの友情が美しいですね。

******

毎回、要介護老人の話しではどんよりするので
さわやかな本の紹介をしてみました。

2020年8月11日 (火)

NOシュヨウ日記 第12回

8月4日
施設との契約

兄と共に施設の契約に行く。
兄の住まいの最寄り駅で車で拾ってもらい13時に現地入り。

結局6組、7人の人間に会った。
運営会社の人、薬局の人、介護支援員の派遣業者、介護用品業者など
すべて施設関係者で「重要事項説明」「個人情報取り扱い同意書」
「契約書」、場合によっては口座引き落としの書類・・・と
長々とした説明を聞いてから住所、氏名の記入と押印をしまくった。
最初は兄がやっていたが、途中から記入は私、押印は兄、という
分担で処理してった。
それでも全契約締結に4時間かかった。

そのあと、必要備品について相談するうち1時間経過した。
事前に「必要な備品リスト」をもらっていたが、
疑問点がいろいろあったのだ。

たとえば「冷たいドリンクを冷蔵庫から出して飲む」という気力も
意志も持たなくなっている母には、冷蔵庫もいらないらしい。

紙オムツは月にどのくらい消費するのか?
コロナで面会できない(部屋に入れない)では、
在庫の残数も分からないだろう。
そもそもコロナで面会もできないのに、備品補充のために来るか?
って話しである。コロナはこんなところにも影響を与えている。

家に着いたのは夜9時だった。

つづく

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